公的データ・登記情報•Corpsta 編集部
#財務分析#連結決算#会計基準

No.23 従業員数・売上高の数値がズレる理由:真の値など存在しない

「御社のデータベース、売上がWikipediaと違うんですが?」 「求人サイトには従業員300人と書いてあるのに、このサイトには200人と書いてある。どっちが正しいの?」

企業データベースを運営していると、ユーザーからこのような指摘を毎日のように受けます。 結論から言いましょう。**「どっちも正しい」**のです。

数値データ、特に売上や従業員数といった「企業の規模」を表す数字は、絶対唯一の正解があるわけではありません。「いつ」「どの範囲で」「誰が」「どういう基準で」測ったかによって、答えは幾通りにも変化します。

データ分析を行うエンジニアやマーケターにとって、この「数値の多義性」を理解することは、SQLを書くこと以上に重要なスキルです。 今回は、この「数値のズレ」がなぜ発生するのか、そのメカニズムを解剖します。これを知れば、数字に対する解像度が劇的に上がります。


1. 最大の要因:「単体」か「連結」か

上場企業や大手企業において、最も大きなズレを生むのがこれです。

  • 単体(Non-Consolidated): その会社本体だけの数字。
  • 連結(Consolidated): 子会社や関連会社を含めたグループ全体の数字。

例えば、ソニーグループのような巨大企業の場合、単体の従業員数は数千人レベルかもしれませんが、連結では10万人を超えます。 求人サイトでは「配属される本体」の人数(単体)を載せることが多く、投資情報サイトでは「企業グループ全体」の規模(連結)を重視するため、この2つの数字が混在して流通します。

データベース上では、必ず is_consolidated: boolean のようなフラグを持ち、この数字がどちらのスコープなのかを明示する必要があります。 特にM&Aが活発な現代において、「単体売上は減っているが、買収した子会社を含めた連結売上は増えている」というケースは日常茶飯事です。ここを見誤ると、企業の成長性を真逆に評価してしまいかねません。

2. 「会計基準」という深い沼

さらに深い沼が、**会計基準(Accounting Standards)**の違いです。

近年、日本の大手企業は「日本基準(J-GAAP)」から「国際会計基準(IFRS)」への移行を進めています。 この2つでは、「売上高(Revenue)」の定義そのものが異なる場合があります。

「純額」と「総額」の問題

例えば、商社や代理店ビジネスにおける売上計上のルールです。 商品を100億円で仕入れて、101億円で売ったとします。

  • 総額表示(日本基準の多く): 101億円を売上として計上する。
  • 純額表示(IFRSなど): 利益分の1億円だけを「収益」として計上する。

この基準が変わるだけで、見た目の売上高が「数兆円」から「数千億円」に激減することがあります。 実際に、収益認識会計基準の適用により、EC企業や人材紹介会社の売上高が(計算上)大きく目減りした事例が多発しています。 「昨年より売上が半減している!倒産危機か!?」と騒ぐ前に、会計基準が変わっていないかを確認する必要があります。

3. 「決算期」と「時点」のタイムラグ

次に影響するのが「いつの数字か」です。

日本の企業の多くは3月決算ですが、12月決算や9月決算の会社もあります。 「2025年の売上」と言ったとき、それは「2025年1月〜12月」なのか、「2024年4月〜2025年3月(2024年度)」なのか。

さらに、データソースによる更新頻度の違いもあります。

  • 有価証券報告書: 決算後3ヶ月以内に確実に出る(最も信頼性が高いが、最大1年3ヶ月前の情報になる)。
  • 会社四季報: 記者の取材による「最新の予測値(予)」が載る場合がある。
  • 自社Webサイト: 更新担当者がズボラだと、3年前の数字が平気で放置されている。特に非上場企業の場合、Webサイトの数字は「創業以来の最高売上」を固定で載せ続けているケースすらあります。

「最新の数字」が必ずしも「最も正確な数字」とは限らないのが悩ましいところです。また、Webクローラーが取得した日付(Crawled Date)と、その情報が発表された日付(Published Date)は別物であることも意識しなければなりません。

4. 「従業員」という言葉の定義揺れ

「従業員数:100名」。この100名には誰が含まれているのでしょうか?

  1. 正社員のみ
  2. 正社員 + 契約社員
  3. 正社員 + 契約社員 + その時点のアルバイト・パート
  4. 派遣社員を含むか?
  5. 役員を含むか?

有価証券報告書では、「従業員数(就業人員)」と「平均臨時雇用者数(外書)」が厳密に区別されています。 しかし、Webサイトの「会社概要」ページの数字は、企業によって定義がバラバラです。「従業員数(パート含む)」と親切に書いてある場合もあれば、何も書かずに総数を載せている場合もあります。

特に、飲食・小売・物流などの「現場」を持つ業種では、正社員よりアルバイトの方が圧倒的に多いため、定義の違いによって数字が数倍〜数十倍ズレます。 「従業員数=デスクワークをしている人の数」だと思ってSaaSの営業電話をかけたら、実は9割が店舗スタッフだった……という悲劇は、この定義確認を怠ることで発生します。

5. データソースの信頼度ヒエラルキー

数値の信頼性は、どこから取得したかによって明確に格付けできます。

  • Sランク(監査済み): 有価証券報告書、決算短信。公認会計士の監査が入っているため、粉飾がない限り絶対的に正しい。法的責任を伴う数字です。
  • Aランク(公的届出): 厚生年金の被保険者数、官報の決算公告。嘘をつくと罰則があるため信頼できる値です。特によく使われるのが「被保険者数」で、これは社会保険に入っている人数(=実質的なフルタイム従業員数)を正確に反映しています。
  • Bランク(調査会社): 帝国データバンクや東京商工リサーチ。プロの調査員が直接ヒアリングしているため精度が高いですが、あくまで「聞き取りベース」であることもあります。
  • Cランク(自称): コーポレートサイト、SNSのプロフィール。見栄を張って盛っている可能性があります。特にスタートアップの「累計調達額」などは、融資枠を含んだりして大きく見せる演出が含まれがちです。
  • Dランク(推計): 「オフィス面積 × 坪単価」や「求人数からの逆算」で弾き出した推定値。参考程度に留めるべきでしょう。

6. データベース設計への示唆

以上のことから、データベース管理者としての「誠実な態度」は一つです。 **「数字だけを一人歩きさせない」**ことです。

メタデータをセットで表示する

単に Revenue: 100億円 と表示するのではなく、以下の情報を必ずセットで持たせ、UIでもツールチップなどで表示すべきです。

  • As of (いつの時点か): 2025年3月期
  • Scope (範囲): 連結 / 単体 / グローバル
  • Standard (基準): 日本基準 / IFRS
  • Source (出典): EDINET / コーポレートサイト2025-06-01閲覧
  • Definition (定義): ※パート・アルバイト含む

これらが揃って初めて、ユーザーはその数字を「判断材料」として使うことができます。

数値確認チェックリスト

データが食い違った時に確認すべきチェックリストを作成しました。

  • それは「連結」か「単体」か?
  • 決算月はいつか?(年度ズレはないか)
  • 会計基準(日本基準/IFRS)に変更はないか?
  • 従業員の定義(正社員/非正規)は明記されているか?
  • 情報のソースは「一次情報(有報)」か「二次情報(ニュース)」か?

まとめ:グレーな現実を受け入れる

「真実の数字」を追い求めるのは徒労に終わることが多いです。 企業活動は生き物であり、数字は常に変動しています。そして、それを切り取る「カメラのアングル(会計基準や集計範囲)」によって、写る姿は変わります。

重要なのは、「数字が合っているかどうか」よりも、**「その数字がどのような文脈(Context)で記録されたか」**をユーザーに伝えることです。 「この数字は、2025年3月時点の有報に基づく連結売上ですよ(ただしIFRS基準)」と説明できていれば、たとえ求人サイトの数字と違っていても、それは「間違い」ではなく「視点の違い」になります。

ズレを許容し、出典を明示する。 その透明性こそが、データへの信頼を担保する唯一の道なのです。

この記事をシェアする:

おすすめの関連記事